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いつもの場所

たくさんの出会いと別れがありますが、いつもここに居るんだな。と見てやって頂ければ幸いです。

「戦闘態勢」それ。。。いる!?


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もうすぐ桜に会える♬

 

 


日本の気候を表す慣用句に「暑さ寒さも彼岸まで」があり、残寒・残暑は彼岸のころまで続き、彼岸をすぎるとやわらぐという。(Wikipediaより抜粋)

 

 

もう春かぁ(*´ω`*)

ホントにお彼岸過ぎると嘘のように暖かくなるんだよなぁ。。。

 

次第に外が暖かくなるのを日々体感し♪

「今日も生きてる♬」

を感じきってます(*´ω`*)

 

楽しくあったり

悲しくあったり

辛くあったり

幸せであったり

etc。。。

 

毎日色んな自分と向き合ってきたなぁ。。。

今となっては思う。

 

いろんな自分があった頃は

感情に左右され

いつも何かと戦っていたような気がする。

(どこに敵が?)

 

よく自分を追い込んできたなぁ。。。

(若くて元気だったからか?)

 

 

何か(なんだよ?)ひと息ついた時

「それがあったから今がある(๑•̀ㅂ•́)و」

 

 

なんてごまかしてきた。。。( ・ิ_・ิ )

 

ごまかしてきた。。。

ごまかしてきた。。。

何回書くねんσ( -ω- ; )

 

 

 

自分を追い込んで

それを何とか乗り越え

だから「今」がある。

 

と、思ってた( ・ิ_・ิ )(本気で。。。)

 

何でそんなこと

学んでしまったんだろう?

 

追い込まなくても

必死にならなくても

逃げなくても

戦わなくても

防御しなくても

 

「今」(安堵の日)はここにある。

 

嫌なこと

辛いこと

悲しいこと

戦わないといけないこと(だから何と?)

 

それらが無いと

「今」はやってこなかった?

 

いやいやいや(ヾノ・ω・`)

 

んなこたぁない(´・ω・`)

 

 

楽しいなぁ♪

嬉しいなぁ♪

ありがたいなぁ♪

わくわくするなぁ♪

 

なんてのは

放っておいても

やってくるんじゃない!?

 

悲しい

辛い

しんどい

情けない

戦う敵(そんなの居ないし。。。)

 

なんてのは

放っておいても

やってくるんだから( ・ิ_・ิ )

 

 

何かのために

何かを犠牲に

 

こんなのいらないや。

 

「今」は自分が掴みとった

と思いたかったんだな。。。

 

「自然と来た」より

「掴みとった」方が

何か(何だ?)自分の力でやってきた感

が得られて

「頑張った!!!」

ような気ができる(๑•̀ㅂ•́)و

 

また「今」を掴むんだ!!!

 

なので「もっと頑張れる!!!」

なんてごまかしながら

自分で自分をいばらの道に

追い込んでいくσ( -ω- ; )

 

振り返ると

 

戦闘態勢(どこ行くの?)で

何か(何もないよ)がやってくるのを

待ち構えて

(待ってもこないと踏み込んでいって)

自ら戦いに(だから何と?)行く

 

そして掴みとった何かに満足する。。。

 

傷だらけになってるのに

「良く頑張った!」

なんて背中をポンポン叩いてやる(-ω-")

 

そんな事を繰り返してたんだな。

 

 

傷つけられたと思っていた出来事は

「放っておいてもやって来たもの」

幸せだと感じた出来事も

「放っておいてもやって来たもの」

 

どちらも同じ

 

力を抜いて

 

受け入れる。

 

 

 

うちのチビっ子達が

「たまにいい事言うんだよなぁ〜」

と言ってくれるんだけど

 

そのほとんどが

言った方も

言われた方も

記憶に残っていない( ・ิ_・ิ )

(なんとも似たもの親子だ。。。) 

 

ここが出来たので

たまに言ってもらえた時に

残してみようと思う。

(褒められたのに忘れるともったいない気がしたものだから。。。)

 

【今日のチビへのひと言】

自分が悩んで出来た時

それがお前の知恵となる。

 

(オルゴールの蓋を修理しながら「ここはどうやってするといい?」と下のチビが聞いてきたので出てきたひと言)

めんどくさがり屋


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地上48mからの海♪

 

3月21日頃を春分の日と言い、「自然を称え、将来のために努力する日」と法律で定められた祝日です。
その日付は、祝日法の上では「春分日」としており、その前年の2月1日に、国立天文台が作成する「暦象年表」という小冊子に基づいて閣議で決定され、官報で発表されます。

 

春分は、昼と夜が同じ長さになる日です。
昔の人は、自然に感謝し春を祝福する日だと感じていたようです。それは、長い間冬眠をしていた動物たちが動き始め、人々もやる気に満ち溢れている時期です。
また、この日の前後にご先祖様への感謝の気持ちを伝えるためにお墓参りに行く習慣もあります。(日本文化いろは事典より抜粋)

 

古来からの祖先感謝や天文学的なお話もたくさんあります。

 

さあ!

と、気持ちも上がりますね♪

 

寒くて縮こまっていた身体が

暖かくなり伸びていくヽ(⌒(ノ'ω')ノ

 

しゃがんで過ごしてきた身体が

びょ〜んと両手広げて伸びる♬

 

それに合わせて気持ちも伸びる( ´ ▽ ` )ノ

 

我が家では春休みがやってきて

新学期の準備が始まる時なので

何かと忙しくなるなぁ〜と思う季節です。

 

思うだけです(*´ω`*)

 

この「思う」という事が

自分自身を追い詰めます(`・ω・´)

その反面助けてもくれます。

 

思ってるだけなのに。。。

 

私は忙しいんだ

じっとしてちゃいけないんだ

休んでるといけないんだ

何もしないとダメなんだ

あれもしないと

これもしないと

etc。。。

と追い詰める

 

反面

 

新しいことの始まりを感じる

やりがいも感じる

後で満足できる自分

後でバタバタしなくてすむし

あれもしたいし

これもしたいし

etc。。。

と動く勢い(ストレッチみたいなもの)を奮い立たせてくれる。

 

両面出てきます。

 

物事には裏と表

思考にも裏と表

 

どちらかの比重が大きくなると

バランスが崩れちゃう。

思う」瞬間それに気付く。

 

しないといけないこと

したいからすること

 

 

したいこと

の為に

しないといけないこと

があったりする。

 

 

「美味しいね♪」

と言いたければ

買い物行って料理するか

食べに出かけるか

 

思う」瞬間

今までの経験で

ストーリーが始まる。

 

思う」瞬間

今までの記憶を巡らせる。(全自動)

 

バランスがとれてるのか確認できる。

 

私の春は「忙しくなるなぁ〜と思う」ところから始まる(*´ω`*)

これで

ようやく重いお尻が上がり

しなくちゃならん事を

したい形でこなしていく。

 

一年の始まり。

思い詰め

奮い立たせ

「動く」

 

このために

寒い冬に縮こまって

パワーを温存し

面倒な事は後回しにしてきた。

 

ホントにめんどくさがり屋だなぁ。。。

それも私( ・ิ_・ิ )

「いい仕事してますなぁ〜」


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可愛い♪(*´ω`*)

 

 

し‐ごと【仕事】 の意味
出典:デジタル大辞泉

1 何かを作り出す、または、成し遂げるための行動。「やりかけの―」「―が手につかない」

2 生計を立てる手段として従事する事柄。職業。「将来性のある―を探す」「金融関係の―に就く」

3 したこと。行動の結果。業績。「いい―を残す」

4 悪事をしたり、たくらんだりすること。しわざ。所業。「掏摸 (すり) が集団で―をする」

5 《「針仕事」の略》縫い物。裁縫。「お前急に一つ―をしてくれんか」〈紅葉・多情多恨〉

6 力学で、物体が外力の作用で移動したときの、移動方向への力の成分と移動距離との積。単位はエネルギーの単位ジュール、その他ワット秒・ワット時など。

 

。。。

まだまだいろいろ出てくる。

 

 

私が「仕事」という言葉に触れたのは

幼少時代に古美術交換会なる所で

茶碗や刀の鍔などを掲げて目を細め

「これはいい仕事してるな〜♪」

などと古物商たちが口々に言っている

そんな場面だった。

 

物を見て言っていたものだから

完成したもの」に対して

仕事」をした結果の賞賛(物を買う)

なんだなと思った。

 

私の中では

(なんだ!このヘンテコな形は!これ造った人は自由だなぁ。。。これ欲しがる人がいるなんて驚きだよ。どんなに褒めてもその人もう居ないし。。。)

 

古物商たちは

その交換会で売れたものを次々と

新聞紙で包み、丁寧に買った人の

張り紙のところに運んでる私に

「お前よく働くな〜♪」と

笑って声をかけていく。(手伝ってくれ)

私の動きへの賞賛(あとでおこづかい貰う)

なんだなと思った。

 

私の中では

(割れ物だから丁寧にしなきゃだし、早くしないと、ここがいっぱいになって私が動きにくいから段取り良くしてるだけだよ。褒めてもらってもおこづかい増えないし。。。)

 

 

ここから

仕事」と「働く」(自分の中の納得)

が私の中で出来上がっていった。

 

結果に対しての賞賛(いい仕事)

人の動きに対しての賞賛(いい働き)

 

いい動き」によって「いい仕事

ができると「自分と人が心地良い

 

いい動き=良く働く(がむしゃらに)

いい仕事=成功の結果(褒められる)

 

ではなく

 

いい仕事

自分の中で納得の行く形が人の好みに合い

いい働き

自分のための段取りがうまくかみ合うと

心地よい♬

 

そのためにまずは自分自身で

自分自身の動きと結果に賞賛を( ´ ▽ ` )ノ

 

反省の日々


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新生活準備中〜♪

愛娘から自撮りが送られてきました( ・ิ_・ิ )

 

 

「正論」という「刃」

 

○○だけど。。。

分かってるんだけど。。。

でも。。。

 

そう言いたくなったり

そう言ってしまって叱られたり

それは言い訳だよねって言われたり

 

たくさんの「正論」と戦ってきました。

 

これ。。。かなりキツいσ( -ω- ; )

グサッとくるし

言い返せないし

悔しくて悔しくて

 

例えば

A「犬アレルギーあるけど犬飼いたい」

B「抱っこもしてあげられないなら犬が可哀想よ!!」

A「でも。。。愛情は抱っこ以外でも表現できるもん!!!」

B「じゃあ犬が病気なんかしたらどうすんのよ?

寝かしっぱなし?それとも抱っこしてアレルギーでて、あなたが病院通いで放っておくの?それがあなたの愛情?」

A「。。。」

 

な感じかな。。

(可愛いすぎる例えだけど♪)

 

そんな思いを何度もして

「正論」という「刃」に立ち向かうたび

どうなったのか。。。

 

とても残念なことに

 

その「正論」という「刃」に

勝てる「正論」という「刃」を見につける。

 

という

何ともややこしい自分が出来た。。。

 

相手の言葉が乱れた瞬間が勝負!!!

ただ「この場の勝利を勝ち取る」だけ。

もう。。。ただのゲーム(-ω-")

 

嫌な奴。

喧嘩や窮地に立たされた時(普通に暮らしてるとないよなぁ。。。)

ひとりで戦ってるつもりの時はかなり役に立った時もたしかにあった。

 

「もうそんなもの持たなくていいよね」

「正しさ」ではなく「思い」

「正当性」ではなく「やり方」

 

 

そう思えたのが10年ほど前。

 

なのに会話の中に相手の「正論にしたい言葉」(思いではなくこの場の勝利)を見つけると癖のように頭の中でゲームが始まる。。。

 

自分が傷ついてきたはずの

たくさんの「正論」が頭の中に

でてくるでてくるσ( -ω- ; )

 

今となっては「正論」に「感情」が乗っからないので、頭の中のゲームで終われる時もあったり、「この場の勝利だけ目指してるよ」と促すようにやり返してしまったりする。

(促してるなんて伝わらないんだけど。。。)

 

まだまだだなぁ。。。

人が「勝利」を目指してるんだから、

「勝利」をすんなりあげればいいのに。。。

 

そんな勝利は「ダメ」だという

自分のものさし目線(T^T)

 

 

ただの「言葉遊び」

ただの「ゲーム」

ただ「勝利を目指す」

そんな「正論」はいらない。

 

「自分の思い」を

「思いやりを持って」

ただ「伝える」。

 

裏と表

 

出せば帰ってくる

 

思いをもたらせられれば

思いがもたらされる

 

いつまでたっても

反省の日々。

始まりの時


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昨夜の月♬

 

 

「人はパッと見た印象で決まる!!」

「第一印象を良くするコツ」

「第一印象をアップしよう!!」

「2秒で決まる第一印象」

「パッと見こそすべて!!」

「初対面を好印象に!!」

 

第一印象を検索にかけると

 

でてくるでてくるアップ法や

とても大切なんだよ〜

ってお話が沢山。

 

それだけ気にしている人が多いってこと

なのかな。(あ。私もか)

色んなお仕事において重要なポイント

なのはもちろん分かっている。。。

 

私も今となってはお話のネタですが、

この第一印象の悪いこと悪いこと(T^T)

(いまだに。。。)

 

服装

声のトーン

笑顔

(限界がある。。。)

などなど

 

「出来る事はすぐする(๑•̀ㅂ•́)و」

がモットーなので、チャレンジしてきた。

(出来ること、思いつくことだけ)

 

普段はその事すら忘れちゃっていたりする。

 

第一印象について考えるのは、年に数十回。

第一印象についてお話する時

新しいクラスの始まりの時

 

明日始まりの時゚+。:* o(・ω・//)o *:。+゚

小さなこと。

 
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うちのドローンズ♪

 

 

「見た目9割」

「内容1割」

 

面接などで相手に与える印象には、

話の内容(言語情報)よりも

表情(視覚情報)や

口調(聴覚情報)

の方が強く影響する。その割合は、

 

言語情報が7%、

聴覚情報が38%、

視覚情報が55%である

(メラビアンの法則)

 

このようにきちんと研究された結果を用いて

きちんと伝える。

 

を実践してきておりますが。。。

 

何故でしょう?

どうもしっくりこない時が沢山あります。

ただどうしっくりこないのか表現しにくいんですが。。。

 

体感で覚えてきたことの方が大切な事がたくさんあるような気がするんですよね。

 

たとえ小さなことでも

どこかで誰かのヒントになればと

その時その時に頭の中でリプレイする習慣をもってます。

それを手短にまとめて保存する。

 

何かについてお話をすると

「それは何に基づいてですか?」

と問われる。

「私個人の経験です。」となる。

 

そうすると

(たった一人の統計で

何の根拠もないですよね。)

こう思われたくなかったのかな?

 

最近この引いた感じが減ってきたような気がする。

なんの根拠もないんだけど、

たった一人の私が、

その私の経験によって

今現在平穏な心のバランスがとれている。

 

 

そんな小さなことが伝わればいい(*´ω`*)

求めず生きる。


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今朝のコメダ

 


他者承認と自己承認


承認欲求は承認されたい対象によって、おおむね2つのタイプに大別される。ひとつは他人から認められたいという欲求であり、もうひとつは自分の存在が理想とする自己像と重なるか、あるいはもっと単純に今の自分に満足しているか、という基準で自分自身を判断することである。前者を他者承認と呼び、後者を自己承認と呼ぶ。(Wikipediaより抜粋)

 

 

日々の生活だったり、

人生そのものだったり、

ひとつのプロジェクトだったり、

毎日の仕事だったり、

いろんな事柄に焦点をあてて、それぞれに承認欲求があると思うんだけど

 

この承認欲求がどんな形であれ(いくつかの種類があるらしい)ある程度満たされていると、「充実感」や「責任感」がうまれるようだ。

 

って。。。

他人のものさしで測ったあなたの承認と

自分のものさしで測ったあなたの承認

どちらも同じくらい!?

 

それは。。。

 

雨も降って欲しいけど

濡れたくないし。。。

汗かきたくないけど

寒いのやだし。。。

筋肉つけたいけど

動くのやだし。。。

お腹空いて材料整ってるけど

作るのめんどくさいし。。。

晴れて欲しいけど

日焼けしたくないし。。。

 

って言ってるようなもんかな。。。

 

評価と混同してしまうのかもしれない。

他人からの評価

自分自身の評価

これがある程度一致していないと「充足感」が得られにくいのとよく似ていると思う。

 

評価はその人の行動や結果に現れやすいもの

承認はその人そのものに表れるもの

 

自分が好きだと思う自分が

他人も好きだとは限らない

 

自分では評価に値すると思うことが

他人が評価するとは限らない

 

人は自然とこの「承認と評価」を求めてしまうのかもしれない。。。

 

 

求めず生きたい。